新しい治療の選択肢
関節や靭帯の治療などの整形外科における分野でも再生医療は進んでいます。
「手術をしない治療(保存治療)」と、「手術治療」の間で悩まれている方は多くおられるのではないでしょうか。近年注目されている整形外科領域における再生医療は、そのような方の悩みを大きく改善できる新たな治療の選択肢として期待が高まっています。
では再生医療による治療とは、どのような治療で、どんな効果があるか、詳しくご案内してまいります。

再生医療が注目されている理由
再生医療とは、体の組織がダメージを受けたときに、体が本来持っている回復能力を引き出して、その組織を治してあげる医療の事を指します。
薬物治療、物理療法(リハビリ、マッサージなど)、手術治療などと将来並ぶであろう、新たな治療の選択肢として近年注目されてきています。

再生医療の導入状況
プロ野球の大谷翔平選手や田中将大投手が肘の靭帯損傷に対してPRP療法(再生医療による治療の一種)を行って手術を回避し、復活した事例から注目され、手術をしないで回復を試みている点でも注目が集まりました。このように一流スポーツ選手が再生医療を信頼し、治療が行われているのです。
厚労省による定期報告によれば、既に令和3年時点で4,000件以上の医療機関が再生医療による治療を導入しており、年に70,000件以上の治療が行われているため、徐々に広く浸透しつつある状況です。毎年、再生医療を利用する受診者及び導入クリニックが増加しているため、今後更に拡大することが考えられます。
従来の治療法と再生医療の位置づけ
従来の治療方法としては、以下二つの治療法が採用されており、保存治療(薬や注射)の効果がなければ手術療法という流れが一般的です。従来の治療法の間に位置づけされる治療法が再生医療になります。
【保存療法】
痛みのある部位には、痛み止めの飲み薬や湿布といった外用薬が使われ、痛みが治まらなければ痛み止めの注射をするなど。
【手術療法】
変形性膝関節症など、痛みが改善せず、組織の変性や破壊が進行している場合は、大掛かりな手術や人工関節置換手術など。靭帯の損傷については、体の他の部位から靭帯をとってきて、必要な場所に移植する靭帯の再建手術など。


再生医療の利点
自身の血液や脂肪などの組織を用いて治療するため、薬物などによる副作用や、手術などによる感染、出血などの合併症のリスクが極めて低いことが利点と言えるでしょう。また、治療行為が注射のみで行うことも可能なため、基本的に入院の必要がないことも選択し易い利点と言えます。

再生医療の留意点
再生医療の留意点としては、先進的な医療で有効な報告は多数ありますが、従来の治療法である薬物治療や手術療法と比較すると臨床試験のデータがまだ少ない点があります。
また、治療が健康保険適用となるのはまだ一部の治療だけであり、自由診療で提供しているのが現状です。
再生医療を用いる目的
整形領域における再生医療を用いる目的は、疾患の進行を遅らせて、大掛かりな手術療法や人工関節置換術に踏み切らざるを得ない時期を少しでも先送りすること、もしくは進行そのものを食い止めることです。また損傷した組織の自己再生能力を促進し、自然治癒に導いていく事も期待されます。

どのような痛みや症状に有効か
例えば、変形性膝関節症は、加齢や体重、内反膝(O脚)などが原因で発症し、膝関節の軟骨がすり減り、痛みが生じます。初期段階では立ち上がりや正座の時だけの痛みですが、進行してくると階段の昇降や通常の歩行にも支障をきたします。
従来の治療法では、初期は痛み止めやヒアルロン酸の注射などを行い、さらに進行して骨の変形が起こってしまった場合は人工関節の置換手術などが中心になってきます。
再生医療は、痛み止めやヒアルロン酸注射などで痛みが改善されない方で、手術療法は避けたいと考える方には有効な選択肢になりえます。

再生医療の種類
自身の血液を用いたPRP治療〈関節の痛み、靭帯、腱等の損傷改善〉
PRPとは、多血小板血漿(platelet rich plasma)の略です。血小板は血液中にある細胞で、血液を固める力の他、様々な生理活性物質が豊富に含まれており、この成分が損傷した組織の回復を早めていきます。PRP療法はこの働きに着目して開発された治療法です。
スポーツ選手などが、筋肉や靭帯損傷などの故障を治療する際にPRP療法は用いられており、選手への負担が少なく、また損傷した組織の再生を促進し、ケガが治癒のスピードを速める治療法として注目されている治療法です。
PRP療法では、以下図の通り、血液を採取し、遠心分離器で血小板が豊富な部分だけを抽出します。その後、靭帯や関節など、損傷している組織に注射するだけの治療となります。皮膚を切開して組織を取り出したり、移植したりはせず、入院も必要ありません。

効果やその持続期間は部位によっても異なり、また個人差がありますが、早い方で3日~1週間程度、遅い方でも1か月程度で痛みが改善されてくることが多く、人によっては1年ほど効果が持続される方もいます。更に靭帯組織に関しては完治することもあります。
細胞の移植による再生医療〈軟骨・骨などの再生〉
整形外科分野の細胞移植による再生医療は、体性幹細胞を中心に大学病院など一部の医療機関で始まっています。
【軟骨・半月板の再生】
軟骨の再生については以前から取り組みが進められており、患者さん自身の健常な軟骨の一部を取り出し、それを体外で培養して軟骨の欠損した部分に移植する「自家培養軟骨移植術」があり、外傷性軟骨欠損症または離断性骨軟骨炎に限って、すでに通常の保険診療として受けられる治療になっています。
【骨の再生】
骨については、「大腿骨骨頭壊死」や「偽関節」など難治性骨折の治療に、自分の骨盤から骨髄由来の幹細胞を採り出し、注射器で移植して骨の再生を目指す再生治療が、行われています。
次世代PRP『APS療法』とは?
PRPをさらに分離処理し、より高濃度に抽出し、生理活性成分の活発を促進させる治療が、「次世代PRP」と呼ばれるAPS(Autologous Protein Solution:自己タンパク質溶液)による治療です。
変形性関節症の炎症や痛みの改善、軟骨の変性などに対する抑制効果などが期待できます。この治療により、関節レベルでは、最大2年間痛みない状態が継続したという報告もあります。
(PRP・APS治療の)安全性や副作用は?
安全性は?
PRP及びAPS治療であれば、自分自身の血液を用いていた痛い場所(患部)に注射をする簡易な治療行為であり、しかも培養操作が不要なため、安全性は高いと言えます。また特別なキットも用いてないため、さらに安心して治療を受けていただけます。

副作用は?
採血前まで自分の体に流れていた、本来は傷を治す働きのある血小板を精製して少量注入するだけなので、大きな副作用は報告されていませんので比較的安全な治療法と言えます。ただし、約2割~3割の方に、2~3日ほど注射した場所の痛みと腫れが出ることがあります。この症状は数日で治まりますし、皮下出血斑が出た場合にも1週間程度で良くなるのが一般的です。
治療費の相場は?
これらの再生医療は、安全性が確立され、効果が出ているものの、最新治療のため、原則自費診療での提供となります。整形外科でおこなわれる再生医療は、一般的には以下のような金額で提供されているようですが、医療機関や利用するキット、施術内容等により異なりますので、医師より詳細な説明を受け、自身で理解・承諾したうえで診療を受けるようご注意下さい。
対象 | 利用する細胞加工品 | 参考価格帯 |
筋・腱・靭帯 | PRP | 3万~15万円 |
変形性膝関節症 | PRP | 5万~30万円 |
変形性膝関節症 | PRP (APS)※濃縮 | 15万~60万円 |
※上記料金は厚生労働省に届出された再生医療等提供計画書に記載された価格を参考にしています。
最後に
以上のお話の通り、再生医療による整形外科領域はこれから医学の進歩とともに益々発展が見込まれる分野で魅力的な医療です。
また、今までの治療では得られなかった効果や選択肢を増やすことが可能となりました。
しかしながら、最新医療にあたるため、まだ始まったばかりであり、長期にわたる臨床結果(エビデンス)が十分ではなく、何等かのリスクの可能性があるということは良く理解したうえで、施術を受けられることをお勧めします。